今日は1歩も部屋から出ずに、雨の音を聴きながら里芋を煮て、紅茶を3度いれ、うさぎを撫でながら読みかけの本たちを読むなどして暮らした
雨の日は水のにおいのおかげでかなしみは少し薄められる
今日は1歩も部屋から出ずに、雨の音を聴きながら里芋を煮て、紅茶を3度いれ、うさぎを撫でながら読みかけの本たちを読むなどして暮らした
雨の日は水のにおいのおかげでかなしみは少し薄められる
100年後にはわたしも彼も死んでいるのに、それでもわたしは彼のいない毎日を綴じてゆくのがやっとで、ずっとあの8月の交差点から動けずにいる
わたしの指がいっぽんでも欠けてはいけないのは、彼のつやと濡れたようなうつくしい真っ直ぐな髪をそっと梳くためであったし、わたしの瞳が大きくひらかれているのはふたりの真夜中にいつも浮かんでいた月を心にしっかりと縫いつけるためだった それは確かな真実だった
100年後にはわたしも彼も死んでいるのに
性に対する嫌悪も恋に対する憎悪も増すばかりで、美しくみせかけた下品な香りの色にはもう二度と触れたくない、道行く恋人たちを見るたびに敷き詰められた針の上を裸足で歩かされるような気持ちだ
手を繋ぎ歩くふたりを見るたび彼と彼の恋人をおもう しかしそれはつまりわたしがまだ彼を忘れられずにいるということであり、ただわたしは現実を受けいれたくないだけなのだ 彼が他の女の人と暮らしていることも、わたしたちが一緒にいたあの日々の中でわたしが彼の恋人だったことは一瞬さえなかったという事実も
恋なんてただの性欲の成れの果てよ と わたしの中の少女が泣きながら笑う
朝から里芋を甘醤油で煮ながら隣の部屋の窓からのぞく薄っぺらい青空をぼんやり眺め、今日が憧れたひとの命日だったと思い出した
遠いむかし、泣きながら綿菓子をぎゅうっと腕で抱きしめたときのようなあまくてやわらかなかなしみを思い出させてくれたひとだった
店名にcoffeeとある喫茶店で働いているくせに家では紅茶しかいれない
常に紅茶葉を数種類部屋に置いていて、休みの日の夜には必ず熱い紅茶をいれる
今日は桃の香りの紅茶にした
彼とすっかり離れて過ごすようになってからのひとりの夜の紅茶の時間は、心細く、かなしく、そのくせとてもほっとする
このせかいに自分ひとりだけ取り残された時間に生まれるやわらかな物悲しさは、安心ととてもよく似ている気がしている
赤んぼう連れでいっぱいの定食屋で鮭ごはんを食べた
あちこちで泣きわめくちいさなにんげんたちの声、窓から差し込むあたたかな光、今までわたしの身に起きたすべてがまぼろしのようで、ここはどこで自分は何者だっただろうかと静かに問う
目の前に横たわる鮮やかな橙の魚の肉
死んでいるのにあたたかいなんて、うそみたいだ
放浪者でありたいのに迷子にはなりたくないわたしはほんとうに救いようがなかった
わたしはわたしによってどんどんだめになってゆく