離れる

喫茶店の長テーブルで、スプーンにのせた角砂糖をゆっくりと珈琲の面に近づけている途中(つけた瞬間じゅっと水分を含み色が変わるのを見ることが大すき)、向かいに座っていた女性が読んでいた本を閉じて思いきり突っ伏し声をあげて泣き始めたのでドラマみたいでびっくりした

涙はちいさな海だと寺山修司はいったけれど、もしそれがほんとうならわたしたちはいつでも身体の中に大きなタンクをしのばせ一生分の海を隠しているのかもしれない
その海のかけらを切り取りこぼす理由によって、その破片が甘い味になるのか苦い毒になるのかが決まるのではないか
きれいな虹の色になるか 真っ黒な闇の切れはしの色になるか も

わたしがこの星から離れるときまでにこぼれる海が、どうか甘くうつくしい金色でありますようにと祈る
もう呪いや憎しみの海を生産したくないし、理由のない黒い涙は流してはいけない

あの喫茶店の女性の涙が喜びの涙なのか、かなしみの涙なのか、わたしには知れなかったけれど、真っ直ぐに澄んだとてもうつくしい流し方だとおもった

この星に落ちた海のすべてがあたたかく喜びの色に輝けばいい
そして、地球での役目をとじたとき、わたしはきれいなからっぽの身体で自分の星へ帰りたい