切傷

愛を知らないわたしが愛を知り、愛を知らなかった頃にはもう戻れず、この先ひとりで生きていかなければならなくても、それでも愛を知れてよかった、あのひとに愛を教えてもらえてよかった
わたしはこの世界のだれよりも幸福なじかんを過ごしたおんなだ 生きていく

勘違い

眠らないからだがほしい 大切なひとを大切にしたい 自分を愛したい
泣きたくないのに涙が終わらない
職場の作業台を泣きながら殴る
右手が痛い

約束

ひかりの落ちた部屋でちいさな紫の水晶になってガラスの小箱に守られながらひっそりと眠りたい
愛なんてずっと知れないけど それでも胸の奥に灯る青い炎を頼りにここまできた

グレゴリオ

水晶でできた街を想う

とばり

珈琲豆を買いにいった喫茶店でお茶をし、ながいこと読み進められずにいた小説を読了して顔をあげると向こう岸のせかいはすっかり群青いろにどろりとくるまれていた
だれにもきこえないほどのおおきさで だれにも伝わらないことばを唄うようにくちびるに留める
ショートケーキとダークチェリーと珈琲
まぶたを結んでも赤いひかりがにじむ
きっとずっとほんとうの絶望なんて知れない

ファントム

明け方、窓辺に置いた水栽培の球根のグラスを少しだけ傾け、また静かに戻す。
闇の中でゆるくたゆたう白い根は暗い海にひそむ深海魚のようだった。
ずっとむかし、自分につけたあたらしい名まえ。音もなくつぶやく。古い呪文。
愛でさえも太刀打ちできないかなしみなんて、最初から死んでほしかったし、愛してしまいたかった。
夜が明けたらわたしは透明な魚になる。

blue

さいごの魔法が解ける前に
ぼくら何回夜を越えられるだろう