プリズム

珈琲を淹れると あなたに会いたくなる
あなたのすきな花を見つけるたび あなたに会いたくなる
わたしはひとり あたためた部屋でぬいぐるみを膝にのせ
アイスクリームを食べながらゆらゆら揺れる
むかし通りすぎたうたを ぽつり ぽつりとくちずさむ

だれかをうんと愛しても うんと愛されても ひとは孤独だとおもう
あなたという島にたどりつきたくて けんめいにもがくけど
満月と三日月が隣り合わせに揺れる祈りには勝てなかった

0から100までのゆるやかな坂をのぼり ゆっくりと降りてゆく季節
1が0にもどるまでの距離をのばしたくて 逃げ出そうとした
舞い踊る枯れはてた海のかけらを飲み込むような嘘を 指にはめて

逃げるたびに近づいて 触れるたびに遠くなる
パステルカラーに裂かれた傷口に反射するひかり
滲んでゆく記憶の中
プリズムに溺れていたい

ひかりのかけら

あなたのうしろから みずいろの風が吹いてきて
原色にぬりつぶした ちいさな風ぐるまが
せーの、で まわりだす

まっしろな ふたつの星が落とした ひかりの石を
とじたまぶたで見つめながら
あなたのかけらに わたしの影をさがす

くりかえし ひろげられる星は
どこまでも透明な方法で 一輪の花を染め
ひかりの闇のなかにある ほんとうのひかりに触れようとした
産み落とされる いくつもの宝石を
あつめていた真昼

みずいろのせかいにこぼれる花に 澄んだ実をかざし
あざやかに彩られたからだで
あすの向こうへ くるくると踊りはじめる

終わらないうたをうたう

たとえば壊してしまいたいものを水晶に閉じこめて叩き割ったとしたら、それは消滅するのだろうか
なくなってほしいもの、消えてほしいもの、存在してほしくないもの
きれいに消し去ることができるのだろうか、最初からなかったみたいに

壊したいのは、感情
誰かが誰かをいとおしくおもった過去、景色、積み重ねられた日々

今がすべてなのに、その世界中にたったひとつしかない宝石がうらやましい
触れることができない  一生触れられない

夢のあと

ひみつの地下室にある 満月のとびらをこじあけ 階段をのぼると
せかいには うすももの夜が流れ出す

冷えた右手につかんでいた深い海の風船は はなたれて
かわりに 青い宝石に似たくだものが 白い手のひらを熱く やわらかに染めていた

わたしというからだの中にいる わたしのことを
とうめいなまばたきの途中に 思い出そうとする

壊れた蛇口からこぼれるしずくのように
夜のすきまに ぱらぱらと剥がれおちる記憶は
流星のしっぽのかたちをして 一瞬のつよいひかりを送り 降りそそぎ 消えた

あす 朝がきて せかいが春のいろに目をさまし
ふたつの星が 朝つゆのひかりにいっせいにうたいはじめたら
わたしは きっと この星の住人になろう

このみちをゆこうよ

やめたと偽って飲んだり飲まなかったりしていた薬を一日二回きちんと飲むように心がけたら感情の波の揺らぎが落ちついたようにおもえて少しだけ楽なった
はやく正常な状態になりたい
空が色水みたいなぼやけた青で少し安心する
陽があたたかい

もう一度きらきらのほうへ登っていく

一緒にいたいとお互いがおもっているのだからそうできないはずはきっとなくて、一緒に生きてゆくためだったらなんだって差し出していきたい
ゆるくやわらかに じかんの流れにたしかに削られていく中で、祈るように生き、もしかしたら生きることじたいが祈りなのかもしれない
いとおしくて 尊くて 何万年もむかしから送られてきた だれもしらないやわらかな宝石みたいなひと
そばで見ていられることがこんなにもうれしい
生きることを祈りにしてくれたひとを わたしはぜったいにまもる  それがわたしの愛のかたちだとおもう

......

自分の家へ帰っていく彼の後ろ姿が夜に溶けていくようすを眺めながら胸が張り裂けそうになっていることを誰も知ることはないし、きっと誰にも話すことはないとおもう  何回経験しても慣れることができない  取り返しのつかないくらいもうこのひとをすきになってしまっていて、ひとりでこんなところまで来てしまった  すきで、すきで、胸がくるしくて息ができない  ひとをすきになることがこわい  愛を知ることがこわい

.....

すきなひとを幸せにするのがわたしの使命だし、それが彼に対する最高の恩返しだとおもう
彼がげんきでいられるようにするために生きたい
すきなひとがげんきでいてくれることがわたしのいちばんの幸せ  それ以外何もいらない

....

夜中三度起き、薬を飲み、眠り、起き、洗濯機をまわし、眠り、起きる
いま確実に人生でいちばん幸せな時期で、こんなにも幸せだったことなんかなくて、だからこれでいいのだとおもう
これ以上の幸せを望むなんてしてはいけない  今がすべて
ひとを愛するとか 憎むとか そういうねじれた灰色の感情をすべて切り落として 何にも不安のない澄んだ心でおいしいごはんをにこにこ食べたい
じぶんの中に神さまをさがす

...

この暮らしがずっと続くとしたらほんとうに気が違って心が壊れてしまう  あとちょっと、あとちょっとと泣きながら言い聞かせて見えない真っ暗やみの中にひかりの点をさがそうとするけど、たとえばもしそれでも助からなかったとしたらわたしはほんとうに壊れてしまう気がする
すきなひとと幸せになりたいと願う  でもこれ以上の幸せを望んでどうするのだろう

幸せはじぶんでつくる  ひとのちからではなくわたしは自力で幸せになる
いつかきっとちゃんと笑える  ぜんぶ大丈夫

..

いつかぜんぶ大丈夫になるって信じて、でもほんとうにそんな未来は訪れるのだろうかと不安になる  でも信じるしかなくて、信じるしか他に手段はなくて、わたしは大丈夫だよと神さまに愛されたかった
ほんとうにわたしたちのことがぜんぶ大丈夫になる日なんて来るのだろうか  ひかりの中で死にたい  今ある最大限の幸せの中で死んでしまいたい

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わたしが泣いたところでどうにもならない状況はどうしたってどうにもならなくて、彼がわたしじゃない別のひとの家へ帰ることも、そのひとが彼の作ったごはんを食べることも、うらやましくてかなしくてどうしようもなくて、しかたないことだと頭ではわかっているけどやっぱりかなしくて、泣いてはいけないとおもいつつ涙は止まらなくて
わたしはわたしのできることを無心でやる  それしかない
わかっているけど、わかっているのに、別れ際いつも心が粉々になってしまいそうだ
軽やかにひとをすきになりたい  わかっているのに、どうしてできないのだろう

名前を訊けば君は"かなしみ"って答える

こんなにも愛されているのにどうして片想いしているみたいに胸が痛むのだろう
ひとりでいる方がずっとずっと楽なのに もう決してひとりに戻ることはできない
それでいて一生幸せに慣れるなんてできないような気がする

ひとりになった暗闇の部屋で無償の愛について考える
愛するひとをたいせつにしたい