愛のけもの

ことし撮った写真のうちで特別すきな4枚を選ぼうとしたら4枚ともすきな男の写真になってしまったのでSNSに載せるのをやめた
なきながら年末をすごし、めそめそしたままあたらしい年を迎えようとしている
だいじなものをこうしてみずから傷つけて手離してしまう、ほんとうはだきしめたい、やわらかい干したてのおふとんみたいなこころで

感情をうらぎることができるのは感情だけ

ことしもいちねんのいちばん最後に読みたかったのは倫さんの『本当は記号になってしまいたい』で、ぼろぼろの頁をめくりながら、何年たってもこの本をこえる本はないなとおもう、なきながらおもう
ぴかぴかのくびわのような想い出がいくつもいくつもできてしまった、おもいだしたらないてしまうし、もうじゅうぶんだとおもった、今まで生きてきた中でいちばんしあわせな3ヶ月だった もうじゅうぶんだ、だれのことも不幸になんてしたくない
あたしのなかにすむ毛むくじゃらのけもの
血にまみれた白いふわふわのけものをあたしの心臓から取りだし さしだすことが
この先あたしにもできるのだろうか
今すぐ海をみたい、あたしは今すぐ懐かしい海にかえらなきゃなんない

夏夜のマジック

冬なのに心は夏夜のままで、魔法もつかえずに裸のまま部屋でぼんやりと記憶をたどる
帰省のための荷づくりも終わらず、旅にふさわしい音楽と詩集をみつくろっては重い手を動かす、うさぎのごはんも詰める
効いているのか効いていないのかわからない気休め程度の錠剤
東京に帰ってきたら、いちばんに海に行きたい
海に行って、浜辺でガラスを拾って指輪をつくり身につけたい
青や緑の涙で歪な指を頼りなく守りたい

大停電の夜に君を待ってた

薬をのむためにベッドから二度起き上がった
一年ぶりに姉から電話があった
ひとつのことが終わって無になる
わたしがいちばん愛してるのはうちのうさぎなのかもしれない

青い魚と月の石

心臓で青い熱帯魚を飼っている

熱帯魚は一定の寿命で死に、青い花へとかたちを変え、ゆるやかに朽ちる
その後 血と肉に吸収され、またそこからちいさな青い魚として再生する

彼女はわたしのかなしみやよろこびを理解する能力を持ち合わせていない
ただ、それらをひとつの"感情の波紋"として感じとっている
憂愁も歓喜もすべて、冷えた雨が壊す湖の水面のような、感情の波紋。

踊る水の中でわたしのちいさな魚はきもちよさそうにうっとりと舞う
うつくしい長い尾をひやひやと揺らめかせながら。感情が存在しているしるしを隅々まで舐めとるように。

これは明らかに幻想だし、あたまではきちんとわかっているけれど、それでもわたしは心臓で青い熱帯魚を飼っているのだとおもう
ずっとずっとむかしから。生まれる前から。
だからわたしは水の気配を感じる場所にとてつもなく惹かれてしまうのかもしれない
前世からの記憶

ーー

だいすきな最高の男のひとがいる
わたしたちは会うたびに毎回、太陽が高く高く昇る時刻から青い夕暮れがとっぷりとした夜を連れてくるまで歩きつづける
彼はわたしを"思春期前の天使"だと褒めてくれ、うつくしい顔をして、古い国の映画のような優雅な仕種で煙草を吸い、お酒を飲み、たくさんの本を読む

彼の左側を歩きながら、なんてきれいなんだろうといつもおもう
月の滴できた透明な宝石のようなひとだ、とも。

ずっと、なんてものがこの星には存在しないことをわたしは知っている
もうすっかりおとなになってしまったから。
それでもわたしの中では青い熱帯魚がたしかに息をしていて、ちいさな恋がたしかに生きている

うつくしい感情の原石に指が触れるたび、幸福でくるしくて、いつだって幼いこどものように声をあげて泣きたくなってしまう

ーー

幸福を知るたび、胸が裂けそうになるのはどうしてだろう
どうしてかなしみとよろこびに伴う痛みはこんなにも似ているのだろう
心臓が熱くなるたび、左胸にすむ魚がうれしそうに跳ねる

裂けたかすかな傷口から血がにじみ、そしてわたしは青い涙を流すのだ
くりかえし幸福な涙を流すのだ

まるで冬の宮のように

例えばあたしはあたしの内蔵をつつむ柔らかな皮膚を裂いてぬいぐるみをつくろうとする、それはとても原始的な方法で
玉留めのような弱々しく頼りない愛を泣きながら自分の中にさがそうとしていた
いつからあたしは指先を刺す冬の夜風にかつて愛したひとの気配を見つけることをやめたのだろうか
こころが少し先のじかんに咲く緩やかな水に静かに削られてゆく