生活

泣きたいような、叫びたいような、

からだの中がぽっかり空洞になって
静まり返った真夜中のプールのように
行き場のない灰色の感情がゆらゆらと揺れる
永遠なんてせかいのどこにもないのに
それでいて汚れた生きものがからだのなかで
永遠にひっそりと呼吸を繰り返すような気がする

まばたきをするごとに感情は死んで

どこにも行かなくていいよと
力強いおおきな愛に抱きとめられたかった

銀のフォーク

おおきな河のずっとずっと遠くの向こう岸にあのひとはいて、降水確率90%の雨のにおいに心をうつしたこと
ふたりの間に横たわる薄っぺらい関係性が長く着古したセーターの袖についた無数の毛玉みたいに暮らしのいたるところに散らばっていて、青空に顔をあげるたびそのひとつひとつを殺していった

アイスティーとチョコレートケーキ、絵に描いたような子どもだましの未来、
暗闇の中だけでひっそりと息をするひかりのくずは
愚かな僕たちのかたちをまぼろしに変える

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あなたがくれた宝石のまばゆさで凍った胸に溶かしたひかり

満月をインクベリーで染めた夜に枯れる花束 待ち人は来ず

心臓に夏のくだものとじこめて結ぶ小指のリボンをほどく

絶望にさえもなれない 夕立のなかに死にゆく季節をさがす

涙で育つ植物に水をやる午前3時の青き静けさ

桃を剥いた手が透明に染まりゆく 泥にまみれた傷だらけの手

罪人の靴を玄関でそろえる 守るから わたしが守るから

ひらいた手からこぼれては 咲き こぼれ 永遠に満ちることなきうつわ

走馬灯駆け抜け真珠の連なりを裁ち切る恋の夏の葬式

やわらかい宝石になりたい 雨のベランダで夏に青く溶けたい

グラス越しソーダ水の泡を数え 弾ける粒に込めた神さま

ひと匙の憂鬱は炭酸で薄めました 目を閉じ想う灯台

金色の小鳥をはなち氷の道をひとりあたしは裸足で歩む

真夜中にあんず水でからだを清め 灯すランプの薄暗い部屋

スカートの裾で受けとめる紫の涙のゆくえ ひとはひとりだ

バスタブに揺れる紫の涙の海 三日月の舟は帰らず

ゆくえ

三日月の舟に乗る

いつだって月を見ていた

ずっと聴けずにいたCharaのうたを最近またまいにちのように聴いている

砂糖菓子みたい儚いのにどこか渇いた歌いかたは彼女にしか持てないたったひとつの宝石のようだし、
まるで舐めただけで致死量に達する甘い毒みたいだ

Charaは 愛の女神だとおもう
まっすぐで透き通った、真正面からの愛
愛なんて、恋なんて、と蔑むわたしに、愛を信じなさいと言ってくれる
愛を忘れたいとき、忘れてしまいそうになるとき、祈るようにCharaばかり聴く

わたしがさいごにすきになった男の人は、当時 月のよく見える部屋に暮らしていた
わたしたちが会う日は決まって美しい月の夜で、夜中目が覚めるたび大きなガラス窓の向こう高くに浮かぶ白い月を仰ぎ見ながら 隣で眠る愛おしいひとに気づかれないように声をころして泣いた

かなわない恋であること、こんな夜は永遠には続かないこと、
夢はいつか醒めるということ
わたしはちゃんとわかっていた

彼と別れたあとの帰りの地下鉄の生ぬるい灰色のホームで、電車を何本も見送りながら、ただ静かに"月と甘い涙"を聴いた

あの頃のわたしと彼のあいだに確かにあったのは月の夜と頬をつたう冷たい涙だけだった
手を伸ばせば触れられる距離にいたはずなのに、いつも指先はその心臓まで届かなかった
どうしてほんとうに触れたいものには決して触れられないのだろう
世界の裏側にいるみたいにわたしたちは遠かった

車の1台も通らない夜の交差点を降りだした雨から逃げるように手を繋いで走ったこと
いくつもの月の夜
聴かせてくれた秘密のうた

ずっと忘れないのだとおもう