街灯

夏のはじまり 雨の裏がわの小さな部屋で星を降らすこと
指先に花が咲くとき いつも懐かしい水の音を感じる

ラブレター

夜に洗濯機をまわしていると鈍色の荒れた波音をおもい むねがざわざわする
水辺に立つときはいつもわたしが魚だったころを思い出してみる 前世のそのむかしから伝えられたリズムをわたしはわたしにしかわからない言語で見えないわたしに届けようとする 魚はどうやってこいびとに愛を伝えるのだろう わからない言葉をわからないまま言葉以外の方法で受け取ること きみの目はいつもあかるい夜明けの色に染まっているね

包み紙

わたしは決して美人ではないけれどこのからだはたましいをしまっておくたいせつな器だから 毎日だいすきな香りの石鹸でぴかぴかに磨いてあげるし いつだってきれいなワンピースでくるんであげたい
わたしのからだはわたしの中で眠る神さまのためのふかふかのベッドだ

とぎれとぎれ

とうめいに染まってゆくからだから取り出した心臓が毛むくじゃらであったらいい 毛のぎっしり生えたちいさなたくましいどうぶつのように まっすぐにすきなひとを愛おしくおもえたらいい からだの中に住むどうぶつ わたしはしんで腐ってゆくちいさな星 たましいはどこまでもゆけるってゆって

大学通り

町じゅうの木ぜんぶにセーター着せたらかわいいだろうな

朝目が覚めて カーテンの向こうにひろがるいちめんの雪景色を見た瞬間のようなひかりをいつもポケットに入れて持ちあるきたい

すべて月が知っていた

フォンダンショコラを注文すると同量のアイスクリームが一緒に運ばれてくる店

熱いものと冷たいものを同時に含むと口の中が混乱する
しかもアイスクリームとショコラが触れ合っている面はぬるくどろどろにくずれてしまうし、それぞれを別々に食べるほうが断然おいしいので、いつもアイスクリームを食べ終えてからショコラに手をつける

あたりさわりのない中間が生み出す空間がおそろしく苦手だ
こころはふたつしかないはずなのに、みっつめのこころを生産し、ちょうどよく逃げられる距離で曖昧にぷかぷか漂うひとびと

あの日々はわたしにとってすきまの時間だった おだやかに生ぬるく、やわらかに見えて絶望てきなかなしみがあふれていた
ぬるい睡眠のはざまには何も残っていなかったこと ほんとうは彼だって知っていたのだ

霧雨の降る真夏の夜の交差点のにおいが何度も何度もわたしを殺しに来る

わかれ道

真夜中の道を赤信号で渡るような気持ちにずっと染まっている

目を閉じると、生まれる何百年も前からずっとかなしかったような気がしてくる
大人になってもかなしみに少しも慣れることができないのは、遠い昔にわたしが暮らした場所があたたかくやわらかな甘い空気に満ちていたからだ
星がきれい

標本

耳元に青い花束を飾っている

離れる

喫茶店の長テーブルで、スプーンにのせた角砂糖をゆっくりと珈琲の面に近づけている途中(つけた瞬間じゅっと水分を含み色が変わるのを見ることが大すき)、向かいに座っていた女性が読んでいた本を閉じて思いきり突っ伏し声をあげて泣き始めたのでドラマみたいでびっくりした

涙はちいさな海だと寺山修司はいったけれど、もしそれがほんとうならわたしたちはいつでも身体の中に大きなタンクをしのばせ一生分の海を隠しているのかもしれない
その海のかけらを切り取りこぼす理由によって、その破片が甘い味になるのか苦い毒になるのかが決まるのではないか
きれいな虹の色になるか 真っ黒な闇の切れはしの色になるか も

わたしがこの星から離れるときまでにこぼれる海が、どうか甘くうつくしい金色でありますようにと祈る
もう呪いや憎しみの海を生産したくないし、理由のない黒い涙は流してはいけない

あの喫茶店の女性の涙が喜びの涙なのか、かなしみの涙なのか、わたしには知れなかったけれど、真っ直ぐに澄んだとてもうつくしい流し方だとおもった

この星に落ちた海のすべてがあたたかく喜びの色に輝けばいい
そして、地球での役目をとじたとき、わたしはきれいなからっぽの身体で自分の星へ帰りたい

青い夜を想った

過ぎ去ったいくつものかけがえのなかったはずの時間でからだをすみずみまで洗い、吸い込まれてゆく半透明の泡のうずを見つめながら静かに青に落ちてゆく

午前3時は朝なのだろうか それとも夜なのだろうか ずっとわからない
わたしが縫い合わせた今日とあすの繋ぎ目はいつだってがたがたに歪んでいる

睡眠ちゃん

ぜんぶ大すきって思うときとぜんぶ要らないって思うときとある
からだの中にある透明な地図を指先でなぞるとき 彼のひんやりとした肌におそるおそる触れた時間をいつも想う
透きとおった四角い箱でわたしはずうっと眠ってる

身体のなかでうごめく真っ黒な宇宙がどくんどくんと波打つ わたしはその闇の鼓動をじっとうずくまって感じてる
かなしみもくるしみも一生は続かないとひとは言うけれど 果ての見えないかなしみの内側にわたしでさえ触れることができず 汚れた水を吸った花は次々と枯れてゆく 明日なんて来なければいい

午前4時

晴れた真昼の空に無理やり星を書き足すことでしか自らの呼吸をゆるせなかったあの頃のわたしはきっと今よりもずっとたくましく真っ直ぐでぼろきれみたいにうつくしかったのだろうと真夜中にいれるぬるいミルク紅茶を舐めながらぎゅっと閉じたまぶたの裏に映る一羽の青い小鳥におもう

寄りかかることの心地よさを知ってしまったからひとりで起き上がれなくなってしまった
眠れない夜には窓の向こうから月灯りがこちらに一定の温度で笑いかけてくれたし、明け方こわい夢で目が覚めてもいつも隣にはあたたかな腕があった

生きてゆく上で最もおそろしいことは慣れだ
覚えることは容易くても身体と心が無意識のうちに記憶した習慣を完全に忘却することはできないということをわたしはもっと早く気づかなくてはならなかった
わたしたちはもっと、幸せに慣れてはいけない