雨が降った

だいすきなものがわたしを壊すのではなく だいすきなものをだいすきとおもうわたしの感情がわたしを壊していくのだろう

はな唄をうたった

ひとびとが寝静まった真夜中の道を照らす街灯は だれのためのものなのかな
午前3時 はだしのまま出たマンションの屋上から街中に散らばったちいさな白いひかりを見つめた
あるべき感情とあってはならない感情のすきまに腰をおろしてスカートの裾のしわばかりを気にしていた
かたく結んだはずの糸がほどけてしまうとき いつも雨のはじまりのにおいがする 

冬のくだもの

ほんとうのなまえなんてひとつなんだからわたしは何もこわがることなんかなくて、月がきれいとか あの子がわらってくれるのがうれしいとか それだけでいいじゃないか
かじかんだ指先の温度でゆっくりと溶けるチョコレート わたしのなまえを呼んで

13月のパレード

キャラメルオレをマグで飲みながら、そっとペンを置いて静かに流れる音楽をなぞってみる
生きるなんてほんとうはそんなに重要じゃなくて、ただあたしのする何かを通してあたしのすきなだれかのやわらかい部分に触れたい
儚くてやわらかいさみしさがすき それは決まっていつも溶けそうに淡いピンク色

chill

ちいさなたいせつなことをひとつ 終わらせてきて、アパートの前で星を見あげてる
終わったことは過去でしかないし 戻りたくてもそれはぜったいに叶わない
あたしは今目の前にいるひとたちの声とか 笑顔とか 何かを愛おしくおもうきもちとか そういうものを握りしめたい
大丈夫 せかいは美しい

醒めない

ぜんぶぜんぶ夢だったんじゃないかって、そんな気がするんだ
どこで間違ったかなんていくら考えてもあの頃に戻ることはできなくて、今と明日のことをおもわなきゃいけない

明日あいたいひとについて考えてる
今あいたいひとと 明日あいたいひとがちがうなんて、ほんとうに自分勝手だけど、あたしには今あいにいきたいひとがいて、そのひとにはどうしたってもうあえないんだ

かわいい毛糸のカーディガンを買って、これからの季節がたのしみだよ
未来に楽しみなことを増やすことで、ちゃんと健やかに笑いたい
つぎの嵐が去ったら、季節がまためくられんだなあ

砂のように

あのひとと最後に会ったカフェが先月いっぱいで閉店してしまった
こうしてひとつひとつ記憶があやふやになって一緒にいた時間もきっとすぐにぜんぶ幻みたいになってしまうのだとおもう
思い出のものはぜんぶ海にすててしまった

浅い眠り

愛されることに慣れてしまいたいな

¨

最近すぐかなしくなったりいらいらしたりして、今まで生きたなかで増殖していった自分の毒にじりじりと絞め殺されていっているような気がする
効いているんだかいないんだかわからない薬は気休めにしかならなくて、対して効きもしないのにこんなものに頼らないと生きていけない自分がくやしくて、ただひたすらになさけなくかなしかった

日曜日の上り電車はすいていて、3人がけの座席のすみにすわったとたんぱたぱたと涙がこぼれた
誰も知らないところに行きたかったけど、東京はけっしてひとをひとりぼっちにはさせてくれない街だということを今まですっかり忘れていた
夏の終わり 生き残りの蝉たちが最後の歓声をあげる
笑い方を思い出せない

暗転の先

この世におけるすべての事象は壊れて落ちる瞬間がいちばんきれいだよねってゆったら、きみは残酷だなあって笑いながら目の前のケーキを乱暴に突き刺した
ぼくたちは完全に壊れ果てることなんてできなくて、今夜もかなしみに星座のひかりを灯しはじめる
手をつないだままかなしい星で生まれ 手をつないだままかなしい星でしんでゆきたかった
(ソーダ水 はじける)

歪んだ愛情

割れた赤いレンガの上を裸足で歩いて流れる血を隠すようにひっそりと息をする
壁いちめんに貼りめぐらされた紫のスパンコールがいっせいにこちらに向かってぎらぎらとひかりだす一方で 隣のまっさらな白い部屋でひとり静かにお茶を飲むような日々
きみの精神とぼくの精神を交換してきみをぼろぼろに不幸にしたい

致死量

1本の髪がはらりと肌から落ち持ち主がわからなくなった瞬間に一気にそれは汚いと判断され、あってはならないものへと変化する
うつくしい少女がひたすらに命の実を食べるだけの画集をぼうぜんと眺める、食べることは生きることに直結する、もし殺すことも生きることへつながるとしたらそこにひかりはあるのだろうか

息をするために殺したひとびとと生き残るひとびと
恋や愛が無意味な欲望だと、わたしは知ってしまった
知ることこそが命をどんどん息苦しくさせる要因なのに 心の窒息死は死因として認められないのがこの星のうつくしいところでしょう
せかいがわたしのものじゃないことくらい 初めからずっと知っていたよ

永遠解く力

かっこつけた詩なんてまっぴらだしひとに見せるために書いた言葉なんてごめんだ
わたしはわたしになりたくて、それでいてわたしなんて最初からないようにおもう
海が見たい

無の無

さいきんほんとうにだめで、泣いてばかりでぜんぜん笑いたくないし何にも書けないし詩とは遠いところにいきたくて、何にもないからっぽのこころでひたすらひとの言葉を朗読してる
まっくらやみの中ひかりなんて見たくなくて、手を伸ばすみたいにぷかぷか声だけで漂ってる たましいだけの生きもの

さよならとかなしみに

いつでもこの星を離れてもいいようにさいきんゆっくりと準備をはじめていて、持ちものを少しずつ かつ勢いよく手放している

ほしいものなんていくらでもあって、それなのに対価をはらって手に入れても ちっとも満たされなくって、お財布は軽くなるいっぽうだし比例してこころもどんどんすかすかにすり減ってゆく

お金で買えるものなんてほんとうはそんなにほしくない
ほしいものはもっと、もっとちがうもの

もしほんとうにほしいたいせつなものをお金で買えてしまえるなら、一生分のお金をぜんぶ引換にする

信憑性

明けない夜はないよとみんな言うけど、朝が来てしまうことのほうがこわい

走馬灯

最近また長い時間電車に乗って移動することができなくなってしまって、行きたい場所も買いたいものもたくさんあるのにそれができなくてかなしい どこでもドアがほしいけど、おそらくわたしのようなひきこもりにはその移動時間こそ大事なのだとおもう
都会に行っておいしいクリームソーダを飲みたい

透明なかけら

雨の原宿は、セールで買いものしたショップ袋を両腕いっぱいに抱えたわかい女の子たちであふれていて、とびかう高い声やえがおはきらきらこぼれる光が見えそうなくらい明るくうつくしかった
灰色のせかいに咲く色とりどりの無数の傘を見つめながら表参道をゆっくりと歩いた
わたしは孤独で、そしてみんな孤独だということ
いつもすぐに忘れてしまいそうになる

傷口にこぼすみたいに

最近また薄い藤色のものばかり好んで身につけている
藤色はとても安心する色
わたしの涙がこんな色だったら、きっと静かな平穏なこころで泣けるのだろう

あいくるしい

たいせつなことを忘れていないか、記憶の箱の中をたびたび点検する
白色の四角い箱からそっと両手で取り出して、さまざまな角度からながめ、香りをかぎ、温度を確認し、また元の場所に戻す
だからわたしはあのひとをずっと忘れていないし、自分にかけた呪いがとけないのはまぎれもなくわたしのせいだ

かけがえない

夜になって眠くなるのはとても健康てきだし、暗くなったら消灯するという儀式はこころの陰影に寄り添う行為に似ている
ずっとかなしくて、そのかなしさに映る一瞬のせかいがすきだった
ひとりでいることの気楽さやそれがもたらす自由さに甘えてしまう、わたしはずっと正しい“生きる”に反抗してる

おおきな手のひら

あすのお昼ごはんの準備をして ほそほそとお茶をいれる
となりにうさぎのささやかな気配があって、あついお茶を飲みながら今までに通り過ぎてきた景色やことばやもう二度と会えないひとをひとつひとつ思い出すこのたよりない時間がすきだ
ちいさなポットひとつぶんに20年とすこしの記憶がぜんぶつまってるような気がして泣いた

まっすぐ

フルーツサンドのあいだでまいにち眠ったらもう少しだけ透明に生きていけるとおもう

泣けなかった

熱い珈琲で口の中を火傷して
それでも懲りもせずなんどもくりかえし熱い液体を体内に流しこむしかできなくて
ずっとかなしくて
ここに発生した瞬間からかなしくて
かなしい星でずっとずっとかなしくて
愛おしかったはずのひとがほんとうに愛おしかったのか少しも思い出せなくて
めちゃくちゃにころしてやりたくて
目の前の黒い水を飲みながらずっとずっとかなしくて
熱くてかなしくて
ころされるまえにころしてしまいたくて
このせかいのすべてから置き去りにされたくて
(わたしが欲しいのは6月の雨でつくられたはさみ)
(せかいからきれいにきみを切り取ってまっさらな頁にぐちゃぐちゃに貼りつけたい)

望み

あふれるものを抱きしめて もう朝だなあ
おはようせかい、おやすみせかい
わたしのこころにあるまっくらな夜空がきみを照らすなんて そんなかなしいしあわせなことがあるんだね
闇がひかりを帯びるとき せかいにあたたかい雨が降りしきったらいい
夜があけてゆく

あいのことば

眠りにつくまえの夢とうつつを行ったりきたりしてる時間にこぼれた舌ったらずな感情にこそほんとうの想いが住んでるって何年ものあいだずうっと信じてる

暗転

もつれることにしあわせを見出そうとして、考えて、わからなくて、やめた

ばら色の海に破裂した星のかけらをほうりこんだ
夜がちらちらと底へしずんでゆくなあ、手をつないで落ちてゆくなあ

くるくる踊りながら 腐った逆さまのせかいの中で
全部がうそだったって ぼくはきみにわらってほしかったよ

ベガ

夏が壊れてゆくようすをまばたきせずに見つめながら
せかいはかなしいとわらったきみの横がおをぼくは憶えている
錆びた心臓に指が触れて
そのさきからぽろぽろとくずれていったね
届かない雨の中に部屋をつくって
はだしになってうずくまり
涙で育つ青い植物に水をやり
見あげた窓越しに浮かんだ月は今晩も鮮やかにかがやくんだ
ぼくはきみを遠い夜に葬ることができず
くりかえし綴った手紙をぼくの星からきみの星までとばそうとする

花もしんで
星もしんで
みんなしんで
きみだけになって
夜の静寂だけがそこに残って
それでもきみはわらうのだろう
遠くの星できらきらとひかるきみを見あげながら
立ちすくんだまま100万年がぼくを連れ去ってしまう

ここにいる

えがおとか、言葉とか、やわらかな手のひらとか
ひとから分けてもらったそういう栄養はわたしのこころとからだにしっかりとすみついて、根をはり、ゆっくり時間をかけてわたしの一部になる
わたしの中にあの子やきみがいて、きみの中にもわたしやあの子がいる
ほっぺたに触れる夜風はいつかあのひとの髪を揺らした風なのだ
わたしはもっともっと遠くまでゆけるとおもう

浅い眠り

どうしようもなくかなしさに支配され朝目がさめてから消灯時間まで1日じゅう星を生まれさせていた
とちゅう、二度立ちあがってお茶をいれた
耳をすますと雨が降り出していた

ただようもの

身のまわりに触れられる形あるものものを増やすことによってこのせかいと自分をつなぎとめられているようにおもう
そうしないとわたしのたましいとからだは別々の場所へぷかぷか進んでいってしまいそうだ
かわいくてうつくしい物体ががんじょうなやわらかい枷になってくれる わたしは安心して夜をあそぼう

ゆらゆら

手を伸ばしてもずうっと遠くて、はやくわたしは夜に追いつきたい

ブラックホール

憎んだりのろったりちいさく点滅し続ける狂気 ヘドロみたいに腐敗した感情が存在しなければ、いとおしいやきれいやだいすきを理解することがないままわたしは早々に一生を終えたのだろうな

悪に満たされた心臓をとおしてきみが見える
きみはうつくしい

一直線

道ばたで天使にあってもわたしにはもうわからないし、クリームソーダの泡に神さまを見つけることももうできないかもしれないけど、むかし海で拾ったガラスを宝石みたいにおもってたいせつに瓶にしまったときのきもちはずっと忘れてない

真夜中の手紙

深夜2時まで開いている古いケーキ屋があって、その灯りを見たくてひとつ手前の駅で降りること
闇がここにあることの希望 ひかりがひかりの役割を果たすために与えられたいちめんの夜が欲しくてしかたなかった

暗い部屋で書きなぐったきたない手紙がせめて真夜中の海面に反射した月くらいの明るさできみの頬に届いてほしい

月の見える部屋

愛や感情には鮮度も賞味期限もあることをこの歳になってやっと知った 放り出されたこころはただれて腐ってゆく
帰るべき家とやわらかなベッドによって1日を正しく精算する

こころのすきま

わたしはほんとうに冷たいにんげんなのに、すきなひとたちはわたしのこと優しいっていう だけどそれはたぶんそのひとたちの受け留める能力がすごいってゆうのと、わたしのそのひとたちへ向かう想いがあふれてる結果なのだとおもう お互いをすきだったら少しでも何かされたらないちゃうくらいうれしい

前夜

東京はほんとうによいところだけどすきかと尋ねられたらわからないし、かと言ってじゃあ地元がすきなのと言われても答えは同じで、すきかきらいかという以前に考えをすべて排除して安心したおもいで自分のからだをほうり投げられる点のような空間をわたしはせかいに見出そうとしている

花嫁

恋愛は自分に恋をすることができるひとだけに与えられた特権なのかもしれない

夜、安楽死のようにおだやかなやさしい狂気に満ちた映画を観た
静かな気持ちで霧雨に打たれて帰った

書かれたもの

ひとの気持ちは手で触れられないから だからちゃんと目に見えるように形あるものに置きかえたり手紙をかいたりするのだろう
誰かが誰かのために贈りものを選んだり 紙に一文字一文字想いを落としたり それに込められた心や費やした時間に触れるたび心臓がふるえる わたしの愛はまだしんでいなかった

ひと匙

夜空はばら色

4月19日

閉鎖病棟に入院している祖母の様態がよくないという連絡があり、つぎの土曜日に日帰りで帰省して会いにゆくことにした

「生まれつきの精神障害」とどんな病院でも手に負えずにたらいまわしにされて、きらわれて、近所のひとたちからも気狂いあつかいされていた彼女をわたしだってずっとずっとこころから憎んでいたし、
彼女のせいで泣いてるお母さんも病院に通わなきゃいけなくなったお父さんも、毎日ひびく怒鳴り声も食器の割れる音も泣き叫ぶ歪んだかおも警察のひとたちの冷たい目も ぜんぶぜんぶ嫌でぜんぶぜんぶ消えてしまえと思っていた
耳をふさぎながら薄っぺらい毛布にくるまって毎日泣きながら眠った

わたしたちは幸福な家族にはなれなかったけど、ちゃんとあのひとには幸せになってから消灯時間を迎えてほしい
愛されずに生きて、愛された記憶がないまま歪んだ愛情を求めて、だれからも憎まれて、きっと今まで一度もこころから幸せだったことがないひとだから

今何もかも忘れて すべての棘が剥がれ落ちたおばあちゃんは生まれたてのあかちゃんみたいだ
やわらかな白い華奢なからだも ふわふわの髪も ぜんぶが尊いよ

今までほんとうにいろんなことがあった
きょう閉店後お皿を洗いながら今までのできごとがぼんやりと思い出された
あんなにくるしくてこわかった毎日なのに、ころすかころされるかの毎日だったはずなのに、思うのはやわらかいきもちだけで、かなしくて愛おしくてはたはたと涙がシンクにこぼれた
おばあちゃんはきっと誰よりもかわいい天使になれるとおもう

こうして死を覚悟できる時間を与えられることはほんとうにありがたいことだ
わたしが今できることは、きちんと生を受けとめること

わたしの一番最初につくった『夜と君の魔法』の「ゴーストの一日」という詩は、おばあちゃんを思ってかきました
どうか、どうか、幸せになってほしい
わたしおばあちゃんの笑ったかおがだいすきだった

真夜中遊園地

かなしいとき目を閉じると深い夜に建つちいさなひとつの観覧車が見える ゴンドラのはなつ七色のひかりに向かってわたしはゆらゆら歩いてゆく
ひとは灯りのある場所でしかいきられなくて その灯りは闇の中でしかかがやけない わたしはそれを思い出したくていつも目を閉じる

夜のとびら

夜の足音 シャツにしみたいちごの赤 部屋に散らばる無数のビーズ
どんなものにもきみは住んでいたね
まばたきの度にこぼれていく記憶にすこしだけ安心しながら夜道にひとつひとつ思い出を置いてった
盛大な夜のひかりの中 かみさまのフェルトにくるまれたわたしはただの雫するちっぽけな星だった かなしくてかわいいぴかぴかのひと粒の星だった

別れ

涙で育ててる一輪の花がある

ひびわれ

すきなひとの眠る姿を見るのがこわい、と彼女がよく言っていたのを憶えている
まるでしんでしまったようで、ひとりまっくらやみに取り残されたようなきもちになる と

からだはたましいをいれるための器なのに、その消滅をひとはこんなにもおそれている

この星ではこのやわらかい乗り物でしか行けない場所ばかり
たましいだけではわたし どこにも行けなかった

果ての向こう

宇宙の草原のなかに ひとり落っことされて どこへでも行っていいよと言われるけど右も左もわからないようなかんじ
自由でいるための不自由さを 静かに考えてる

道しるべ

すきなひとに会うと じぶんはこのひとから生まれてきたんじゃないか とおもう
黄色い花の咲くいちめんの野原で 転がり出るように生まれた、わたしはあなたから、確かに
目を閉じることで見えるせかいが 今ここにある 感じて

呼吸

陽のひかりがひどくにがてな人生だったけど、この歳になってやっと少しだけひなたぼっこができるようになった

青い箱庭に住みたい、透けるほど薄くて深い青色の部屋に わたしのすきなものだけうんと詰めこんで 雨音のとなり すきなだけ夜空に星を描きたい

消えたエイプリルはずっと来ない
こころの やわらかいほんとうの部分だけを切り取って差し出すことが これからのわたしにはひつよう

手をふる

受けいれられなかったことがふいにするんと共鳴したり 傷痕がぴかぴか陽に反射したり、老いがもたらすことはよいことばかりで、からだが腐ってゆく代わりに こころは日々正しくやわらかに熟れてゆく

からだとこころを幾重にも覆っていた棘が するすると溶けているようにおもう
痛みに鈍くなるのではなくて、かなしみの向こうからはみだしてくるひかりを全身で受けとめること
わたしはもっともっと この星での旅行をたのしみたい

21時

ほたるのひかりが流れたので おうちに帰らなきゃいけない
ここはあなたのいるべき場所ではないよ、という静かなサイレンの音に合わせてくちずさむメロディ
音、どんどん大きくなる

みんなちゃんと帰る場所があって それぞれにスイッチを押してきちんと今日を終わらせるのであって
知らないうちについた見えない場所の傷から流れ出たものがなんだかわからないまま 薄っぺらなタオルで隠そうとしても

ひかりはこぼれ落ちる
ひかりはこぼれ落ちる

出口が見つからないまま踏み出した左足
暗闇で手を伸ばして触れたものが きみのこころだったらよかった

余暇

フルーツサンドのことばかり考えていたら、フルーツサンドを食べて にこにこしている夢をみて 朝起きてもずうっとうれしかった

夢でおいしいものを食べても起きているせかいでの栄養にはならないけど、そんな夢をみて目が覚めたときはいつも からだの中心あたりが眠る前よりも少しだけ重たくなっているのがわかる
眠ってるあいだにからだに採りこんだものは こころに栄養を送ってくれているとおもう、ちゃんと

食べものはこころで食べるものよって むかしたいせつなひとが教えてくれた
だからわたしはこれからも、起きているときも 眠ってるときも やさしくてきれいなおいしいものを たくさんたくさんこころで食べたい

アスタルテ

季節の変わり目に聴く音楽のようなひと

サクラメント

ずっと変わらずたいせつに想い続けられるものって このせかいにいくつあるのだろう

駅までむかう道で前を歩いていた女のひとのスカートの裾に ゆったりと風が絡むさまがうつくしかった
うつろう季節のあまい香りがこころもとなくて涙がこぼれそうになった
もう会えないひとたちにはたぶんほんとうに二度と会えない

白い部屋

老いてゆくにつれて からだじゅうをおおっていた棘がしゅわしゅわと溶け 少しずつこの星を去る準備をする
憎んだり あすをのろったり そんな日々もゆっくりとほどかれてゆく

だいじな想いも景色も時間も ぜんぶひと粒もこぼさずに抱きしめるには わたしはまだまだ若すぎて
わたしははやく もっともっとおばあちゃんになりたい

ひとはかわいい
生きてるだけで こんなにも
わたしたちはみんな 宇宙の手のひらから散った ひかりの子ども

はだかになったたましいで わたしはどこまで飛べるかな

暮らすという旅のいたるところに やわらかい毛布のような手触りをさがしている

木蓮

ちからづよい生に触れる瞬間 それらは同じくらい死のにおいがする
それでもわたしは何度も何度も手を伸ばそうとする

思い出すことで きっとそれはもう過去なんだ
わたしは変わってゆく
生きてる、をつかもうとしてる

あの頃

何度季節をくりかえしても 思い出すたびに胸の奥がじゅっと焼けるような痛みがともなうのは わたしにとってそのできごとがたいせつだったということを心が理解しているからなのだろう
だれかからもらった痛みは多いほうがいい 傷あとはいつかかならず大きなひかりに満ちる
わたしは傷だらけの両腕であふれるひかりを抱きしめたい

ピクニック

月のないベランダへ毛布をひきずりながらはだしのまま出たり 真夜中にホットミルクで乾杯したり 部屋のなかにシートをひいておむすびを食べたり

地球はなんてうつくしい星なんだろう
やわらかくて あたたかくて つめたくて
まるでかなしいくだものみたい

わたしはゆっくりこのからだを脱ぎ捨てながら この星でながいながい旅をしている

抱きしめる

ぬいぐるみは目に見える愛だよ

掬う

わたしはわたしの中にいる神さまをどのくらい信じてあげられるだろう

箱庭の夢

わたしの中にある思い出をしまっておく箱の大きさにはかぎりがあって 大切な過去も少しずつ順番にあふれてしまう
でも箱に入りきらずにこぼれ落ちてしまった記憶はみんな星に帰ってゆける気がする
雨が降って土にしみこんでゆくように きっと記憶のかけらたちは溶けてゆっくり時間をかけてこの星に吸収されてゆく

忘れることと失うことはちがう
こぼれた記憶はすべて地球の思い出になる
わたしは忘れることに対してもっともっと勇敢でありたい

晩餐

いちにちの終わり 夜の水槽に落ちた月灯りのした
満月とチーズケーキをナイフで切り分けるように ひと切れの夜をそれぞれのお皿にのせ 向かい合い手をあわせる

ひかりで満たしたぴかぴかのうつわをあすの自分へたくすこと 生きることはたましいへ終わらない贈りものをすることだとおもう

わたしのからだのなかで満月の切れはしが燃えている

6等星

あなたはまるで夜空のすみにうまれた新しいひかりのようにみずみずときらめいて その名をそっと唱えるたび 青くてちいさな水晶が いびつなわたしのくちびるからぽろぽろとこぼれてゆく

うまれるずっと前からあなたを知っていたよ 星のおかあさん 月のおとうさん 手のひらのゆりかごの中でぷかぷか笑う神さま

わたしがわたしになるずっとずっとむかしから吹く風が頬に触れて
あなたに会うためにわたし ここへ来た

アスファルト

神さまにも悪魔にもなれなかった

灯台

つくるということは歩いてきた道にパンくずをこぼしてゆくこと そしてわたしの後をゆくもうひとりのわたしがまっくらやみの中その落としたかけらをひとつずつ拾いあげながらたどってゆくこと 夜の森に置いた金色の無数のパンくずの部屋に住むちいさな神さま わたしのからだの内側にそびえたつ灯台からもれるあかりがこぼれないように ふたつのからだでぎゅっと包んだ

カヌレ

からだの外へとぎれとぎれに落とした言葉を拾い集め つなぎ合わせるまでをゆっくり待ってくれる 掬いあげるような目のひと
手渡されたばら色越しに映る瞳の向こうに一匹のやさしいひつじを見ていた

街灯

夏のはじまり 雨の裏がわの小さな部屋で星を降らすこと
指先に花が咲くとき いつも懐かしい水の音を感じる

ラブレター

夜に洗濯機をまわしていると鈍色の荒れた波音をおもい むねがざわざわする
水辺に立つときはいつもわたしが魚だったころを思い出してみる 前世のそのむかしから伝えられたリズムをわたしはわたしにしかわからない言語で見えないわたしに届けようとする 魚はどうやってこいびとに愛を伝えるのだろう わからない言葉をわからないまま言葉以外の方法で受け取ること きみの目はいつもあかるい夜明けの色に染まっているね

包み紙

わたしは決して美人ではないけれどこのからだはたましいをしまっておくたいせつな器だから 毎日だいすきな香りの石鹸でぴかぴかに磨いてあげるし いつだってきれいなワンピースでくるんであげたい
わたしのからだはわたしの中で眠る神さまのためのふかふかのベッドだ

とぎれとぎれ

とうめいに染まってゆくからだから取り出した心臓が毛むくじゃらであったらいい 毛のぎっしり生えたちいさなたくましいどうぶつのように まっすぐにすきなひとを愛おしくおもえたらいい からだの中に住むどうぶつ わたしはしんで腐ってゆくちいさな星 たましいはどこまでもゆけるってゆって

大学通り

町じゅうの木ぜんぶにセーター着せたらかわいいだろうな

朝目が覚めて カーテンの向こうにひろがるいちめんの雪景色を見た瞬間のようなひかりをいつもポケットに入れて持ちあるきたい

すべて月が知っていた

フォンダンショコラを注文すると同量のアイスクリームが一緒に運ばれてくる店

熱いものと冷たいものを同時に含むと口の中が混乱する
しかもアイスクリームとショコラが触れ合っている面はぬるくどろどろにくずれてしまうし、それぞれを別々に食べるほうが断然おいしいので、いつもアイスクリームを食べ終えてからショコラに手をつける

あたりさわりのない中間が生み出す空間がおそろしく苦手だ
こころはふたつしかないはずなのに、みっつめのこころを生産し、ちょうどよく逃げられる距離で曖昧にぷかぷか漂うひとびと

あの日々はわたしにとってすきまの時間だった おだやかに生ぬるく、やわらかに見えて絶望てきなかなしみがあふれていた
ぬるい睡眠のはざまには何も残っていなかったこと ほんとうは彼だって知っていたのだ

霧雨の降る真夏の夜の交差点のにおいが何度も何度もわたしを殺しに来る

わかれ道

真夜中の道を赤信号で渡るような気持ちにずっと染まっている

目を閉じると、生まれる何百年も前からずっとかなしかったような気がしてくる
大人になってもかなしみに少しも慣れることができないのは、遠い昔にわたしが暮らした場所があたたかくやわらかな甘い空気に満ちていたからだ
星がきれい

標本

耳元に青い花束を飾っている

離れる

喫茶店の長テーブルで、スプーンにのせた角砂糖をゆっくりと珈琲の面に近づけている途中(つけた瞬間じゅっと水分を含み色が変わるのを見ることが大すき)、向かいに座っていた女性が読んでいた本を閉じて思いきり突っ伏し声をあげて泣き始めたのでドラマみたいでびっくりした

涙はちいさな海だと寺山修司はいったけれど、もしそれがほんとうならわたしたちはいつでも身体の中に大きなタンクをしのばせ一生分の海を隠しているのかもしれない
その海のかけらを切り取りこぼす理由によって、その破片が甘い味になるのか苦い毒になるのかが決まるのではないか
きれいな虹の色になるか 真っ黒な闇の切れはしの色になるか も

わたしがこの星から離れるときまでにこぼれる海が、どうか甘くうつくしい金色でありますようにと祈る
もう呪いや憎しみの海を生産したくないし、理由のない黒い涙は流してはいけない

あの喫茶店の女性の涙が喜びの涙なのか、かなしみの涙なのか、わたしには知れなかったけれど、真っ直ぐに澄んだとてもうつくしい流し方だとおもった

この星に落ちた海のすべてがあたたかく喜びの色に輝けばいい
そして、地球での役目をとじたとき、わたしはきれいなからっぽの身体で自分の星へ帰りたい

青い夜を想った

過ぎ去ったいくつものかけがえのなかったはずの時間でからだをすみずみまで洗い、吸い込まれてゆく半透明の泡のうずを見つめながら静かに青に落ちてゆく

午前3時は朝なのだろうか それとも夜なのだろうか ずっとわからない
わたしが縫い合わせた今日とあすの繋ぎ目はいつだってがたがたに歪んでいる

睡眠ちゃん

ぜんぶ大すきって思うときとぜんぶ要らないって思うときとある
からだの中にある透明な地図を指先でなぞるとき 彼のひんやりとした肌におそるおそる触れた時間をいつも想う
透きとおった四角い箱でわたしはずうっと眠ってる

身体のなかでうごめく真っ黒な宇宙がどくんどくんと波打つ わたしはその闇の鼓動をじっとうずくまって感じてる
かなしみもくるしみも一生は続かないとひとは言うけれど 果ての見えないかなしみの内側にわたしでさえ触れることができず 汚れた水を吸った花は次々と枯れてゆく 明日なんて来なければいい

午前4時

晴れた真昼の空に無理やり星を書き足すことでしか自らの呼吸をゆるせなかったあの頃のわたしはきっと今よりもずっとたくましく真っ直ぐでぼろきれみたいにうつくしかったのだろうと真夜中にいれるぬるいミルク紅茶を舐めながらぎゅっと閉じたまぶたの裏に映る一羽の青い小鳥におもう

寄りかかることの心地よさを知ってしまったからひとりで起き上がれなくなってしまった
眠れない夜には窓の向こうから月灯りがこちらに一定の温度で笑いかけてくれたし、明け方こわい夢で目が覚めてもいつも隣にはあたたかな腕があった

生きてゆく上で最もおそろしいことは慣れだ
覚えることは容易くても身体と心が無意識のうちに記憶した習慣を完全に忘却することはできないということをわたしはもっと早く気づかなくてはならなかった
わたしたちはもっと、幸せに慣れてはいけない

ゆめ、ファンタジー、桃

今日は1歩も部屋から出ずに、雨の音を聴きながら里芋を煮て、紅茶を3度いれ、うさぎを撫でながら読みかけの本たちを読むなどして暮らした

雨の日は水のにおいのおかげでかなしみは少し薄められる

白昼夢

100年後にはわたしも彼も死んでいるのに、それでもわたしは彼のいない毎日を綴じてゆくのがやっとで、ずっとあの8月の交差点から動けずにいる

わたしの指がいっぽんでも欠けてはいけないのは、彼のつやと濡れたようなうつくしい真っ直ぐな髪をそっと梳くためであったし、わたしの瞳が大きくひらかれているのはふたりの真夜中にいつも浮かんでいた月を心にしっかりと縫いつけるためだった それは確かな真実だった

100年後にはわたしも彼も死んでいるのに

生活

あたたかいジュースとチョコレートと雨

終わり

愛はいつだってわたしの指先をひやりと冷たくする

ふたりのあいだに置かれた熱い珈琲に浮かぶマシュマロがゆっくりと沈み溶けていくさまを 力のないまなざしで見つめることしかわたしにはできなかった